2003年11月30日
カレーなし
「冷蔵庫がうるさいから身体を壊したんだ」
太陽がまぶしいから人を殺したカミュではないが、そう思わずにはいられない。いや、全ての責任を、ただ冷蔵庫に転嫁したいだけかもしれない。だが、そう考えずにはいられないのだ。
この日、私は起きるなり頭痛と腹痛を覚えた。私は食生活の貧しさの割には、自分でも不思議なくらい健康だ。頭痛など3ヶ月に1度あるかないか、腹痛など半年に一度くらいだろう。それが同時に起こる可能性など、確率にして1/16200。44年に一度の計算だ。この時点で、私は今日の自分の体調不良が一過性のものではないことに気付くべきだったかもしれない。しかしこのときはまだ、数時間も経てば治るだろう、という甘い考えを持っていた。
起きた私は、早速動画編集の続きに取りかかった。なぜ、先日から私が根を詰めて動画の編集をしているかといえば、今作っている作品を今日の夜に行われる飲み会に間に合わせるためである。今日の飲み会は私が大学の時に作ったサークルの飲み会で、そこにOB出席することになっていたのだが、この作品はそこの後輩と一緒に作ったものなので、知り合い効果により少なからぬ売れ行きが期待できたのだ。いや、作品の売上云々は置いておいても、今日の飲み会で後輩たちと顔を突き合わせることが純粋に楽しみだったことも確かである。
そういうわけで、私は朝から張り切って動画編集を行った。幸い、昨日最後に考案した解決法が功を奏し、無事ビデオテープに収めることが出来た。次はジャケットなどの製作だ。ビデオテープへのダビングを行いつつ、同時にビデオの背ラベルを作る。PhotoShopという画像編集ソフトとGCrewというDTPソフトを使い、背ラベルはあっという間に完成。うむ、我ながら手馴れている。伊達に何年もこんなくだらないことばかりやってない。
次に、ビデオのジャケット製作に移る。参考(パクリ)にすべきビデオジャケットのページを幾つか開き、それらを眺めながら、同じような雰囲気を醸しつつも自分のビデオのセールスポイントを押さえたデザイン・構図・キャプションを添える。あっという間に、とはいかなかったが2時間ほどで完成。ううん、やっぱりすごいなあ。何でこんな不毛な能力ばかり発達しているんだろう。なお、この時、頭はクラクラしていたが、あまり気にしていなかった。
今度はそれらをプリンターで印刷して、裁断機でサクサクッと切断、手際良くテープで貼り付け、ビデオ用に購入してきたビニール袋で梱包する。この辺りになると、無視できないくらい頭がクラクラしだして、横になりたい、という気持ちが強くなっていた。
ビデオを幾つか作ったところで、もう家を出なければならない時間になった。しかし、この時の体調悪化はさすがに私を逡巡させ、念のため検温をすることにした。37度以下ならば気にせず出かけ、37度前半であれば少し顔を出して(売るだけ売って)さっさと家に帰る、38度近くならば諦めることにしていた。とはいえ、以前も「絶対に熱がある」と思って計ったら36度だったこともあるし、今回も「どうせ36.7分とかそこらへんだろう」と思っていた。むしろ、自分を安心させるための検温だったのだったが……37.9分だった。
残留が決まった。……何ということだ。本末転倒とは、まさにこの事だ。今日に間に合わせるため、無理をして体を壊すだなんて、何の意味もない。こんなことなら、作品を売ることなんか考えずにただ行って楽しく遊べば良かった。何ということだ。何ということだ。だが……
だが、腑に落ちない点もある。何故、私は身体を壊したのだろう。確かに最近少々無理はしていた。だが、かといって体を壊すほど激しい無茶をしていたわけではない。思い当たる節はいくらでもあるが、それにしてもここまで身体を壊したのは納得がいかない。
病床の中、そのようなことを考えていた私は、あることに気付いた。そうだ、冷蔵庫がうるさい。今も病床にありながら、とても寝つけないほどに冷蔵庫がうるさい。冷静に聞いてみれば、目覚まし時計と変わらない音量じゃないか。思い返せば、ここ数日、十分な睡眠時間を取っていたにも関わらず、昼間仕事中に異常な眠気に襲われたことがたびたびあった。それは冷蔵庫の電源が切れていたことを確認し、復帰させた後のことだった。ということは、冷蔵庫の騒音が私の安眠を妨害していたのではないだろうか。私の図太い神経はそれほどの騒音の中にあっても、朝まで目覚めることなく眠りつづけることを許したが、それでも騒音のため眠りは浅くなり、それにより疲労が蓄積していった。そこへ、最近の動画編集による疲労がたまり、今日発熱へと至ったのではないだろうか。
この仮説に至った以上、このクソうるさい冷蔵庫をそのまま放置して病床に着くことは意味がない気がしてきた。発熱による倦怠感を押して、冷蔵庫の上にあるレンジを下ろし、クソ重たい冷蔵庫を引っ張ってモーター部を確認した。なんで、みんなが楽しく酒を飲んでいる一方、私は病身を押して冷蔵庫を修理しなければならないんだ、と思うと大変切ない気分になったが、致し方ない。
不幸中の幸いだが、冷蔵庫の問題はすぐに解決できた。少し前に冷蔵庫の裏に落としてしまった大根おろし器のフタがモーター部の配管の一つに触れており、その共鳴による騒音だったようだ。まったく……いい加減にして欲しい。大根おろし器のフタ如きが私の健康を損ねるだなんて何様のつもりだ。ふざけるなと言いたい。貴様より遥かに危険なはずの包丁でさえ、まだ私に何らの危害も加えていないのだぞ。少しは身分をわきまえろ!
とまあ、この日はそんな感じで最悪の一日だった。ちなみに、朝食は味噌煮込みうどんを、夕食は、やっぱりうどんを食べた。どちらも極端に食欲が無かったが、病気ごときに私の生理欲求を阻害されるのは甚だ口惜しいので、無理して食べた。
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