架神のカレー日記02.12後半
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2002年12月31日
夜:カレーうどん(適当なカレー使用)

 朝 フレンチトースト
 昼 ステーキ食べ放題
 夜 カレーうどん

 朝はフレンチトーストを作ってみた。実家にはチーズやらハムやら乗せて食べるものがたくさんあっていいなあ。
 昼は地元のホテルで催されているステーキ食べ放題を堪能。400gほどお肉を食べた。
 夜はカレーうどんを作ってみた。カレーうどんには自信があったのに、あまり感動してもらえなかった。

 この日はSSソフトの「シャイニング・ザ・ホーリィアーク」900円で購入。3DRPGなので、旧約の変わりにならないこともないが、正直あんまり楽しくない。最近の女神シリーズもそうだがマッピングして出来た地図が綺麗な形をしていないと、あんまり隅々まで歩く気になれない。

2002年12月30日
夜:適当なカレー

 朝、味噌汁・焼き海苔・ハム・目玉焼き・野菜炒め。
 昼、尾道の名のあるラーメン店で尾道ラーメンと中華丼を食べる。
 夜、カレー(豚肉を用いたオーソドックスなもの、これといって工夫無し)

 夕食には適当にカレーを作った。工夫すべき具材が全くなかったので、本当に適当だった。次は買出しに行かねば。
 カレーのあと、フレッシュチーズクラッカーを肴に晩酌。日本酒は普段飲んでる酒の2.5倍ほど高価なものだった。

 この日はエミュレーターで旧約女神転生をやろうと思っていたのに、どうやっても動かなかった。この正月は旧約に専念しようと思っていたため、他にゲームを持ってきていないのが裏目に出て、何もすることがなくなった。こんなことなら、SFCのロムカセット版を普通に持って帰れば良かった。
 実家にはSSがあるが、肝心のソフトが「輪舞曲〜ロンド〜」「リアルバトルストリートファイター」超一線級のクソゲーのみ。まあ、そりゃあそうだ。面白いゲームは東京の方に持ってきているのだから。明日は何かゲームを手に入れなければ。何も考えずゲームに狂えるせっかくの正月休みが不毛なものに終わってしまう。

2002年12月29日
朝:くすねてきた牛肉のカレー

 朝カレーを食べ、新幹線で故郷の福山へ帰る。夕食は100g500円もする高価な牛さまスキヤキを食べさせてもらう。素晴らしい。ちなみに実家に着いた時点での体重は49kg。目標は53〜55kg

 夕食の後、家族に請われてサクッと年賀状を作った。

2002年12月28日
夜:カレーうどん(くすねてきた牛肉のカレー)

 今年最後の仕事に行く。昨日、マシントラブルで(私のせいではない)ほとんど作業が進まなかったが、今日は人の二倍くらいのスピードで働いて、なんとか盛り返した。といっても、別に私が仕事のできる有能な人間という訳ではない。作業効率が2倍になっているので、単純に作業精度が1/2になっているだけだ。とはいえ、終わらせなければならないのだから、仕方が無い。

 帰って、カレーうどんを作り、コメと食べる。また、セロリをあらみじん切りにし、バター黒コショウで炒めたものを肴にを呑んだ。呑みつつテレビの「壬生義士伝」を見た。年末年始は時代劇が多くなるので、ちょっと楽しみ。その後、怖いもの見たさでモーニング娘。の「三毛猫ホームズの犯罪心理学」を見ようかと思ったが、やっぱり怖かったのでやめた。

2002年12月27日
夜:カレースパ(くすねてきた牛肉のカレー使用)

 前日の疲労から大幅に遅刻。それに伴って帰りも遅くなる。帰って、カレースパ食パンを食べながら、映画「VIRUS」を見る。
 あらすじを読んだ時点で「85%ダメ映画」だと思ったが、果してダメ映画だった。キャラ設定から始まり、最後のオチに至るまでとにかく安っぽい。注目に値する箇所が一つも無く、真剣に推敲を重ねた跡が微塵も感じられない。
 同じB級パニックムービーでも「トレマーズ」という傑作があるのに、この違いは一体どこから生まれるのだろう。才能が無いのか、やる気がないのか、どちらかだろうと思うが、監督は有名な人らしいので、おそらく後者だろう。ジャンプの「黒猫」を読んでいるときのような、荒涼とした気分になった。

 昨日の疲れが尾を引いており、眠くて仕方なかったので、早く寝た。

2002年12月26日
夕頃:カレーパン

 仕事に行き、その後立川亀山おじさん(misa)のライブを見に行き、亀山おじさんの有効な活用法を研究した。彼女のバンドゐんちきは、おそらく意識してはいないだろうが、なかなか彼女を上手く使っている。その後、打ち上げに参加したあと、終電で帰る。後は帰って寝るだけのはずだったが、ここから惨憺たる思いをすることになろうとは、今はまだ知る由もなかった。

 まず、新宿山手線が信じられないほど混みあっていた。しかし、これが終電。乗らなければ家に帰れない。家に帰れなければ、打ち上げに朝まで参加した方が有意義というものだ。既に新宿まで帰ってきてしまった以上、それはなんとしても避けたい。私は無理に電車に詰め込んだ。
 電車には乗れたものの、山手線はその深刻な過剰人数で全体の進行が遅れ、西日暮里から出る千代田線最終電車には乗れなかった。しかし、隣駅日暮里から常磐線に乗ることで綾瀬に帰ることは出来る。常磐線など乗ったことはないが、まあ、帰れるならそれでいい。私は気軽に考え常磐線に乗り換えたのだが・・・。いま考えれば、このとき終電などなくなってしまい、素直に上野あたりの漫画喫茶で一夜を明かした方がはるかに良かったであろう。

 常磐線に乗った私は、とりあえず司馬遼太郎を読み始めた。常磐線は綾瀬まで、まだ数駅あるようだ。私は読書に熱中した。そして、そろそろ停車駅に気をつけようかと、アナウンスに耳を傾けた。「次は松戸〜、松戸〜」。

 ・・・・・・松戸??
 ・・・・・・どこだ、それは??

 松戸がどこかは分からないが、どうやらホームタウン綾瀬は既に過ぎ去ってしまったようだ。おかしい、綾瀬にはいつ止まったのだ?隣駅の亀有のアナウンスも聞いた覚えがない・・・。松戸駅で降りて確認したところ、綾瀬からわずか3駅の先である。読書に熱中して、終電を乗り過ごすとは自分らしいと苦笑したが、このときは私もまだ事態を深刻に考えてはいなかった。わずか3駅。長くとも小一時間も歩けば綾瀬に帰れるだろうと思い、松戸駅を発った。このとき、午前1時。

 綾瀬までどう帰ればよいか分からないが、とにもかくにも常磐線伝いに帰ればなんとかなるだろう。私は気軽にそのようなことを考えていた。だが「線路沿いに歩く」。これほど言うは易く行うは難きこともないだろう。線路は確かに一本道だが、常に線路に沿って道が続いている訳ではない。線路を見失っては道に迷ってしまう。私は出来るだけ線路の見える道を歩きつづけたが、ときどきそれは行き止まりであったりして、そのたびに引き返しつつ私は徒労感に襲われた。
 私の今ひとつの誤算は、それが千葉県であったことだろう。大学時代、水道橋の学生寮で暮らしていた私は、この帰路を山の手線内と同じように考えていた。山の手線内ならば、1駅の区間などたかが知れたものだし、大体どこを歩いても、それなりに街路は明るく人も車も通る。しかし、松戸は千葉だ。松戸からお隣の金町駅までは遠く、また道は暗く、人も車もほとんど通らない。線路を見失わないため、暗い小径墓場の横を通り過ぎなければならないこともあった。12月深夜の寒さも追い打ちをかけるが、コンビニもないため、暖も取れない。私の精神はずいぶんとまいってしまった。私は己の名に冠した「華麗なる」の矜持に己を鼓舞しつつ、孤軍進行したが、ついに線路が二手に別れたところで、独力での闘いが不可能であることを知った。友に頼るしかない!
 私が賢明であったのは、午前1時半という夜更けにも関わらず、人に助けを求めたことだろう。もちろん申し訳なくは思ったが、あのとき助けを求めなければ袋小路に至ったであろう。私は電話で眠っていた友人を起こし、地図を調べてもらい、行くべき道を指示してもらった。その後も2度ほど電話をかけ、道を示してもらった。大変迷惑をかけ、本当に申し訳なかったが、申し訳ないという気持ちよりも、むしろ助けてもらった感謝の念でいっぱいだ。

 金町についたのは午前2時。松戸に比べて格段に街路が明るくなった。ここから線路に沿って亀有を目指したのだが、これがまずかった!素直に交番で地図のコピーを貰うべきだった。馴染みの亀有駅の隣ということで、油断し過ぎていたのだ。金町・亀有間の道のりは、松戸・金町間に勝るとも劣らぬ辛さだった。
 最大の難所は、中川だった。おお、これがこち亀の中川の由来、といった感慨に耽る余裕もなく、私は中川の前で崩れ落ちそうになった。金町から線路に沿って歩いてきたのであるが、中川を渡るには線路からはるか遠くにかすんで見える橋を渡らなければならないのだ。「もうすぐ亀有」という希望に満ちていただけに、この最後の難所に私は気もかすまんばかりだった。
 しかし、落ち込んでいても仕方無い。私は諦めてその橋の方へと歩みだした。いざ歩き出すと、見た目ほどに遠いものではなく、後で地図で確認したところ800m程度だった。だが、疲れきった私の身体と心には、その距離は遥か遠く感じられたのだろう。
 中川を渡って少し行くと、亀有駅が見えた。この時の感動は、ここしばらく味わってない程のものだったといっていい。亀有は生活上の活動圏内であり、ここから家に帰る道程は如何ほどのものでもないからだ。このとき、午前3時15分

 午前3時半。私は我が家へと帰り着いた。こうして、私の松戸・綾瀬間一人オリエンテーリングは終了した。距離にして、およそ7〜8キロというところか。学生時代100キロハイクを二度完歩した経験からすれば、この程度の距離はなにものでもないはずだが、肉体的な疲労よりもむしろ、精神的に厳しい道程であった。人も通らぬ暗い夜道に怯え、この先は行き止まりではないだろうかという徒労感と闘いながら歩きつづけるのは大変なことだった。もし私が地図を持っていれば、たとえ所要時間が全く変わらなかったとしても、この半分も疲れはしなかっただろう。

 家に帰ってからも、冷え切った私の身体はなかなか温まらず、日本酒を温めて湯飲み一杯呑んだが変わらず、熱いシャワーを浴びても温まらない。これでは風邪をひくと思い、玉子酒を作り、呑む。これが効いたのか(単に日本酒ニ杯目だからか)、やっと身体が温まり、床についた。
 今日の疲労は甚大なものだった。立川で夜を明かす方が遥かにマシだったし、上野の漫画喫茶で一夜を明かしても良かった。松戸駅前でファミレスを探して、そこで一泊するのもアリだ。どうしても帰る必要があるならばタクシーを使ってもいい。とにかく、乗り過ごしたからといって、歩いて帰ろうなどという蛮行な二度とすまいと思った。その距離が肉体的に可能であっても、知らない道を勇猛果敢に突き進むことは強靭な精神力が必要だし、線路はあてにならないことを身に染みて理解した。


(追記)
 この日記を書いているとき、「やはり綾瀬駅や亀有駅のアナウンスはなかった気がする」と思い、調べてみたところ
 常磐線:〜〜南千住→北千住→松戸〜〜
と、なっていた。千代田線なら、北千住の次に綾瀬その次に亀有なのだ。私が確認したのは南千住まで。「そろそろアナウンスを確認しなければ」と思ったときには松戸だった。つまり、北千住の次に綾瀬があるならば、私が「確認しよう」と思ったのは頃合だったのだ。
 普段、千代田線は常磐線と直通のため、私はてっきり綾瀬より先が常磐線で、綾瀬からは千代田線と呼ぶ、名称上の違いでしかないと思い込んでいた。ここに先入見があったのだ。
 ああ、それにしても、北千住の次が松戸だと知っていれば、素直に北千住から歩いたのに。北千住なら隣駅なのに。それもこれも、すべての発端は山手線が混みあっていたせいだ。こんちくしょう。人身事故には気をつけてくれ!

2002年12月25日
朝:くすねてきた牛肉のカレー

 朝、カレーを食べて、部屋を掃除。その後、買出しをして晩のクリスマスパーティーに備える。

 今回のバンドメンバーとのクリスマスパーティーは、主に私がローストチキンを作ってみたく企画したものだ。小学生の頃、クッキングパパで読んで以来、あの鶏の丸焼きに憧れていたのだが、この歳になるまでローストチキンを食す機会には恵まれていなかった。今年はかねてからの想いを叶えるべくローストチキンにチャレンジしたのだ(そのために人を呼んだのだ)。

 パーティーでは、ローストチキンの他に、ピザ(Mサイズをお持ち帰り価格500円で)やケーキ(スポンジと生クリームを買ってきて手作りで。800円程)も供し、クリスマス気分を盛り上げた。
 私は黙々とローストチキンを作った。鶏の全体に黒コショウをまぶし、溶かしたバターを塗る。そして鶏の肛門から、バターと黒コショウで炒めたタマネギとセロリのみじん切りを詰める。たこ糸で適宜鶏を緊縛して、オーブンで焼くこと約1時間。少なくとも、見た目は美味しそうなローストチキンが完成した。

 クリスマスにローストチキンを囲む食卓というのは、幸福な家族団欒の象徴といった趣である。実際、出来上がったローストチキンをテーブルに乗せるまで、私たちはこれからのチキンを囲む食卓への期待に胸を躍らせていた。
 だが、ローストチキンは団欒の象徴であるかもしれないが、実際、団欒の引き立て役になりうるかといえば、NOと言わざるをえない。まず、私たちが直面した問題は「とにかく食いにくい」ということだろう。主に脚の付近の肉を食べることになるのだが、鶏の骨は非常に鋭利で、私も口中を甚だしく傷つけた。
 また、骨に付いた肉をなんとか食べようと頑張っているため、みな会話が全く弾まない。肉を前に皆もしゃもしゃとやっているだけだ。手も汚れるため、もあまり進まない。肉は中の方がまだ生焼けで、そのたびレンジで蒸していたのでテンポも悪い。

 ローストチキンは、香味野菜コショウで大変香り高く、また、その丸々と焼きあがった外貌は、確かに裕福と団欒の象徴であるが、これは飾っておくだけでいいと思った。なぜ北京ダックが皮しか食べないのか(肉の部分は他の料理となる)、少し分かった気がする。ローストチキンは味は良いが、家族団欒には向かない。カップルで頂くのも、相当な食いしんぼうカップルでなければやめたほうがいいだろう。これは一人で2時間ほどかけてテレビでも見ながら、ゆっくり食べるのが正しいのかもしれない。


2002年12月24日
夜:くすねてきた牛肉のカレー

 クリスマスイブ・・・か。世間ではカップルが闊歩し、日記サイトでは非モテ自嘲ネタの嵐が吹き荒れているだろうが、そんな世間の喧噪とは遠い世界で、今日も一人ひきこもる。

 しかし、ひきこもって何をやっていたかといえば、これが素晴らしく建設的かつ前進的であった。すなわち、年末大掃除である。最初は、明日バンドメンバーと我が家でクリスマスパーティーをすることもあり、お部屋を片そうという軽い気分だった。狭い我が家に5人の人間を押し込むには、ある程度物をどかす必要があるからだ。
 掃除に限らないことだが、どうも私は面倒臭がりの反面、一度始めるとテケテケとやってしまう人間らしい。DTMゲームの誘惑に打ち勝つまでが大変だが、いちど立ち上げてしまえば寝食を忘れ没頭する。というわけで、スペースを確保するだけのつもりだった片付けが年末大掃除となったのは極自然の成り行きだろう。
 この日は、日頃掃除する気もなかったガスコンロなどを拭いたりした。これまでは気にならなかった場所が、すごく油汚れしていたことに気付いた。汚れというものは相対的なもので、「この汚れは落ちる」という概念がなければ、それは汚れではない。つまり、洗剤の発達と共に、新しい「汚れ」が生まれつづけてきた、といえるだろう。結局、何がいいたいかといえば、今後私はガスコンロ廻りの油汚れを看過できなくなるだろう、ということだ。

 掃除を夕方5時ごろまで行い、疲れてきたのでお風呂に入ってゴハンを食べる。夕食はカレーチキンラーメン。チキンラーメンにはタマゴタマネギ昆布海苔を入れた。クリスマスにチキンラーメンを食べたというと、物凄く不憫な気がするかもしれないが、チキンラーメンは低予算・高栄養価なので、私にとってはむしろ心温まる幸福の象徴クリスマスに打ってつけの夕食といえる。


 ・・・・・・すいません。それは流石に嘘です。ごめんなさい。


 夕食後、PC洋ゲー「DRAKAN」で遊ぶ。3時間ほどやって、ダンジョンを一つクリアしたところで夜の12時。今日はそろそろ寝ようかと思ったところで、何と、バグ発生(!)ダンジョンを脱出し、次のMAPをロードした後、強制終了するというものだ。
 たちの悪いことに進行不能バグ(バグのせいで先に進めなくなるもの)だ。いちデバッガーとしては進行不能バグを直さずに販売しているメーカーの良識を疑う。バグを抱えたまま寝るのは気分が悪いので、解決法を見つけようかと思う。
 とりあえずGoogleで検索。「DRAKAN 進行不能 バグ」とか入れて探してみる。しばらく後、発売元Surrealの公式HPのテクニックサポートページに行き着く。そのページを読んでみたところ、どうやら私の遭遇したバグは最も報告例の多い、一般的なバグのようだ。
 報告例が多いということは、メーカーも危機感を感じているということであり、何らかの対策法修正パッチが出ているのが普通だ。しかし、サポートページを読んだところ、「こういうサポートって普通開発元がやるんですけど、いま開発もとのPsygnosisはプレステ版でソニーにこづきまわされててPC版サポートする余裕がないんですよ。なもんで、うちらはよう分かりません」といったことが書かれている。・・・おいおい、それでいいのか。アメリカ人はなんてアバウトなんだ。
 そこには一応「こんなことやったらうまくいきましたよという報告例が対策として載せられている。どの項目も「バカげたことに思うかもしれないが・・・」という前置きから始まり、「後ろ向きでロードしてみる」「火を吐きながらロードしてみる」「特定の武器を装備してロードしてみる」などが書かれている。最後に「バカげていると思うだろうが、これで上手くいく時があるのだ」と付けられていた。確かに経験上こういった方法で(何故か?)上手くいくときもある。しかし、ダメなときはダメだ。いちおう一通りやってみたが、やはりダメだった。他の方法としては「グラフィックオプションを全て変更して試してみる」というのがあり、少しやってみたが、やってることがまるきり仕事そのままだと気付き、嫌になってやめた。家でまで仕事と同じ作業はしたくない。

 その後も、アンオフィシャルサイトを含む様々なサイトを廻ったところ、どうやらむしろビデオカードに問題があるようだと分かった。ビデオドライバのバージョンを更新すれば何とかなるかもしれない。何とかなるかもしれないが、ドライバのバージョンを更新するのは面倒臭いし、夜3時になったし、とりあえず寝た。

2002年12月23日
朝:カレースパ(くすねてきた牛肉のカレー使用)

 昼頃起きて、カレースパを食べた後、1時間半ほどかけてゆっくりとお風呂に浸かる。お風呂に浸かって、昔のジャンプを読んでる時間は至福だが、如何せん無益な時間でもある。こういった無益な時間を貴ぶことができないのが貧乏人の悲しいところだ。ああ、やっぱり何も考えずにのんびり温泉に行きたい。

 昨日頂いた服を着てみた。首元がとてもお洒落だった。これは日頃の私の服装に首もとのお洒落が足りない、という暗なるメッセージなのだろうか。昔は藍色のストールを愛用していたのだが、どこかに消えてしまった。本当にどこに行ってしまったのだろう。あまり売ってるところを見たことがないのですが、誰か見つけたら教えてください。黒に近い藍一色で(黒でもいいです)、向こうが透けて見えるほど薄くて長いものです。

 スーパーでローストチキン用の鶏肉(980円)を買った後、高田馬場へ。大学のサークル「ヴィジュアル研究会」の納会(忘年会のようなもの)にOB参加した。
 まあ、毎回のことだが、相変わらずまったりとした集まりで、学生のサークルにありがちな狂喜乱舞の宴ではない。真面目にヴィジュアル系とした活動している方々は、真面目なヴィジュアル話をしていたが、すっぱりパンクロッカーとなってしまった私は、遠い世界のように傍目から眺めていた。
 この場でも、私は己の商魂を鼓舞し、後輩たちにCDを売りつけた。CDは有難いことに2枚売れた。今をときめくヴィジュアルスターのたけれさんには、日頃のお礼として粗悪品のCDを一枚進呈した。
 普通、こういった席にOBが参加すれば、現役生の倍ほどお金を置いて帰るものだろうが、私には「学生より貧しい」自負がある。一人当たり1930円で皆が70円の釣りを断る中、私は当然のように70円を要求した。すると、その結果、何故か全員分の70円を頂くこととなった。70円×9=630円には「義援金」なる名称が付けられ、私に手渡された。倫理的な様々な問題は置いておくとして、正直とても助かった。

 明日は、部屋の片付けと、男爵の更新をしたいと思う。でもゲームもしたいなあ。最近、まったりとゲームしていない。


2002年12月22日
朝:くすねてきた牛肉のカレー

 朝起きてギャラクシーエンジェルを見た後、朝食を作る。くすねてきた牛肉の残りを焼いて、パンマヨネーズ・たまねぎ・とろけるチーズ・レタスと共に挟んで食べた。ついでにカレーも温めてすすった。

 お風呂に入った後、図書館に寄り、司馬と池波を数冊借りた後、今日のライブ会場の下北沢へ向かう。下北沢というと、ギターバンドのイメージが強いが、今日は東風系のアーティストのイベントなので、気分的にはいつもと変わらない。東風系なんていっても、よく分からないと思うが、下北沢に相応しくない人たちだということだけ分かってもらえればそれでいい。

 というわけで、下北沢に相応しくない私たちも下北入り。リハーサルはハナからする気がなく、開演までヒマだったので、実験用具がたくさんあるお店で遊んだり(STUDY ROOMとかいうらしい)、セール期間中で安かったラーメン屋味噌ラーメンとチャーハン(ちっちゃい)のセット500円を食べたりした。本来ならラーメンだけで600円近い値段のする店で、600円のラーメンがこの味だったらどうかと思うが、ラーメン単価400円と思えばまあ許せた。そういうわけで、これまでにない程弛緩した雰囲気の中、ライブまでの時間を過ごした。

 なぜこれほど緊張感が無かったかといえば、出番が4分しかなかったからだ。これは別に企画者にいじめられているとか、そういうわけではなく、単にそういう企画だったのだ。デメリットはいかんせん4分しかないことと、イベント運営に関する仕事が少々割り当てられること。メリットは、物販に商品を置けることと、若干の宣伝になることか。

 ライブ自体は、まあそれなりの出来だった。一曲しかないということで、全力を出しきったのは良かったが、ちょっと頭を振りすぎたようで、首が痛くなった。
 しかし、ライブ自体はどうでもいい。特筆すべきは、メンバーの亀山おじさんが借り物のエフェクターの上に、見事にプリンをこぼしたことだ。こぼしたというより、盛り付けたと言ったほうが良いくらい見事なこぼし方だった。本当にこの人は、すごい才能を持っている。彼女を見込んだ私の目に狂いは無かった。

 CDは3枚売れた。クリスマスプレゼントにとかもらった。も貰った。ケーキも食べれた。衣食が満たされた良い一日だった。

2002年12月21日
夜:くすねてきた牛肉のカレー

 朝、昨日くすねてきた牛肉クッパを作り、食べる。それから仕事へ。いつもならお昼を過ぎた頃にお腹が減って仕方無いのだが、今日はそんなことなかった。肉のカロリーは偉大だ。

 今日は早く仕事が終わったので、さっさと綾瀬に帰り、スーパーたまねぎマイタケゴールデンカレーを買って帰る。
 家に着いたら早速調理。タマネギ牛肉オリーブオイルで適当に炒めた後、マイタケ唐辛子ブーケガルニを加えて煮ること20分。仕上げに醤油で味を整え、完成。牛肉は焼肉用の肉なので、下味がついていて、旨い。過去の経験上、焼肉用に味の付いた肉はカレーに使うと旨い。

 それで、今日は家に帰った後、カレーを作りながら同時進行でCDも作っていた。明日はライブ、明後日は大学のサークルの忘年会(OB参加)と、CDを売る機会が二度もある。手元には売れ残りのCD2枚しかないため、量産することにしたのだが、やはり時間が掛かって仕方無い。結局、CD6枚作るのに6時間掛かった。売れれば費用と同額(この場合一枚に付300円)が儲けになるのだが、これって時給換算すれば時給300円になってしまうのか。次にCDを作るときは、もっとジャケットなどお手軽にして、経費削減に務めたほうが良いな・・・。

 そして、CDを作ってる間、ヒマなのでテレビを見ることに。今日はいろいろと心誘われる番組があったが、結局「日本列島・絶景の露天風呂がある温泉宿大特集」に落ち着いた。いいなあ、温泉行きたい。川と雪の見える露天風呂に行きたい。

2002年12月20日
朝:元祖っぽいチキンカレー(終了)

 カレーを食べて、仕事へ。仕事の後は、会社の忘年会だった。だが、その前に新宿でと合流。なりゆきで彼の脚本監督するミュージカルに出ることになり、コマ劇場前踊りの練習をするためだ。忘年会もコマ劇場近くであったため、案の定同僚に見られてこっぱずかしい思いをした。まあ、いまさら、構わないのだけど・・・。

 忘年会は大黒屋焼肉食べ放題&飲み放題。貧乏性の私は、いつも食べ放題飲み放題では、どちらかの理由で吐き気がするまで胃に入れてしまい辛い思いをするのだが、今回は「酔いのどさくさに紛れて同僚・上司にCDを売りつける」という目的があるため、控えめに行かねばならない。その代わりといっては何だが、タッパーを持参した。良いコはマネしちゃダメだ。

 まずはゆっくりとスタート。PC班のメンバーをもふもふと食べる。前回の飲み会で「コンシューマー班(PSとか)の人たちは、仕事を離れればナウでヤングな話ができるが、PC班の人たちは、仕事を離れても、パソコンかネットゲーかエロゲーの話しか出来ないダメ人間ばかり」と知っていたので、どうなることかと怖れていたが、今回は皆食い気の方が勝っていたため、終始肉の話しかしなかった。それはそれで、やっぱりどうかと思うが。
 途中、酔っ払った上司が酒を勧めに来たが、巧くかわしておく。すいません、酒を入れる余裕があればを入れたいし、それに今日はしらふじゃないとダメなんですよ。また、呑みましょう。

 そのうち、今回の忘年会で最も重要なポイントである大抽選会が行われた。「大」抽選会というだけあり、本当に豪華な景品が揃っていた。景品はイオンドライヤーガンプラ(ストライクガンダム)からDVDホームシアターセット、3大ゲームハード、加湿器など。私の狙いは当然、PS2だ。だって真女神3やりたいもん。
 投票方式は一人3票。その3票を分散して投票しても良いし、一点集中で確率を高めても良い。こういうところにいちいちゲーム性を持たせるあたり、社風が滲み出ている。私はPS2に3票を投じたが、やはり、余り人気の無かった景品もあったようで、競争率が2人とかいうものもあった。その賞品はやはり微妙なものだったけど、それでも何か欲しいならそれらに入れてみるのも悪い選択肢ではない。私もPS2という確固たる目的がなければ、それらに票を投じてみても良かったのだが・・・。
 結局私はPS2が当たらなかった。その後に行われた会長からの現金ボーナス3万円もニアピンで外れた。ああ、3万円当たればPS2買ってもお釣りが来たのに・・・ガックリだ。横にいた同僚は3万円当たっていたのでさらにガックリきた。

 抽選会は残念だったが、まあ、これはハナから確率の低い勝負であった。ある意味、本番は次からだ。会場がおひらきムードに近付きつつある終盤、私は行動を開始した。まずは日頃から近しく作業している同僚・上司にCDを勧める。すると、思った以上にすんなりと売れた。ありがたい、ありがたい。その後も方々に声をかけ、たまに酔った同僚にCDを噛まれたりもしたが、最終的には5枚売れた。上首尾だ。様々な経費を差し引いても3000円程になっただろう。
 忘年会は良かった。PS2は外れたものの、肉は食べれたし、CDは売れたし、楽しく会話もできた。小さな嫌なことと、大きな嫌なことが一つずつあったが、総じて見れば、まあ良かったといえるだろう。
 ちなみに、小さな嫌なことは、隣のテーブルで食べていた人が、突然嘔吐して、辺り一面に吐瀉物を吐き散らしたことである。しかしそれは、丁度その時、運悪く私の前にいた同僚が全てひっかぶってくれたので、私にはほとんど被害はなかった。大きな嫌なことは、私が呑んでいたジンのピッチャーを終わりごろ見てみると、中に黒い悪魔の幼虫が浮いていたことだ。私が呑んだ後に入水したのだと、信じることにしたい。私の精神上の安定のため、嘘でもいいから、そういうことにしておきたい。

 家に帰って、カバンを開けると、タッパーからこぼれた肉汁でカバンがそりゃあ酷いことになっていた。やはり悪いことをしてはいけない。

2002年12月19日
夜:元祖っぽいチキンカレー

 朝食にフレンチトーストを作る。とろけるチーズ、オムレツ、ハム、オレンジマーマレードを適宜に添えて食べた。

 昼からは新宿に出てスタジオで練習。その後は、ゲーセンに行く。ワンコインで帰ろうと思っていたのに、そんな殊勝なマネが私に出来るはずもなく、400円も使ってしまった。エスプレイドは残機4で5面突入という、かなり理想的な展開だったのに、5面でイージーミスを連発しラスボスのガラ婦人まで行けずにガッカリした。

 その後、ビッグパソコン館CD製作に必要なものをそれはもう色々と買い込む。計5000円近くの出費だ。これは回収の可能性の高い先行投資なので、然程問題は無いのだが、とりあえず懐からカネが出て行くと気分が落ち込む。

 帰って、味噌キムチを入れて豆腐を煮た良くわからないものを作り、カレーと一緒に食べた。その後、貰い物の蜜柑をはぐはぐと食べながら、「ダウンタウンDX」を見たりした。この間、CD製作のために、CDを焼いたり、プリンターを動かしたりしていたのだが、PCが使えないと本当にヒマだ。パソコンが無いと何も出来ないと、改めて実感する。いま、自分に必要なのはPS2ではなくサブマシンかもしれない。

2002年12月18日
朝:元祖っぽいチキンカレー

 今日は久しぶりに仕事6日間も連続で休んでいて、しかもその間、11時起き、12時起きの不健康な生活リズムが続いていたため、朝起きるのが辛かった。カレーを食べて、仕事へ行く。

 仕事は、まあ決して面白くは無かったが、最近氷河期なので呼んでもらえただけ有難い。仕事中に新しい依頼が来たようで、金曜日の仕事も確保できた。職場にいると、その場で次の仕事の予約を取り付けれるので、大変有利だ。家で電話を待っている立場だと、悪循環でなかなか仕事にありつけない怖れがある。

 帰りに後輩のところに立ち寄り、約束していた蜜柑をもらう。30分程世間話でもして帰るつもりだったが、彼は私が来たにも関わらず、布団から出ようとしない。見ればずいぶんと顔色も悪い。聞いてみたところ、「2、3時間ほど前から体調が悪くて・・・」とのこと。そういわれれば、部屋の空気も重く澱んだ感じを受ける。これは大変だ!
 こんなときこそ!・・・・・・風邪をうつされないうちにさっさと帰るしかない!!
 というわけで、すぐに帰った。

 帰りにスーパーで、牛乳パンなどを買い、また豪奢にも「とろけるチーズ」なんてものを買ってしまった。今月は実入りが少ないのに、こんな贅沢していいのかなあ。

 夕食はパンに、マヨネーズ・タマネギ・とろけるチーズ・レタス・ハムを挟んでサンドイッチみたいなものを作って、食べた。美味しかったが、夕食がこれだけだと少し寂しい。
 その後は、少しゲームした後、CD製作に励む。今週金曜の会社の忘年会で、同僚や上司に酔いのどさくさに紛れて売りつけ、一儲けしなければならない。さあ、頑張れ、自分。

2002年12月17日
朝:カレースパ(元祖っぽいチキンカレー使用)

 CD作りに熱中しすぎて、すっかり遅くなったので手抜きですいません。朝、カレースパ食べました。あとはずっとCD作ってました。もうすぐ通販するので、良かったら買ってください。

2002年12月16日
夜:元祖っぽいチキンカレー

 昼頃起きてゴミを出す。すると、新聞受けに何か広告が挟まっているのを確認。手にとって見ると、それは宅配寿司屋のチラシだった。
 新聞受けにチラシが挟まっていることなど日常茶飯事だが、今回のそれは多くのチラシとは違い、非常に有意義なものだった。500円の割引券が付いていたのである。多くの割引券は「〜〜円以上のお買い上げでご使用になれます」という条件がついているものだが、今回の割引券にはそれも書かれていない。
 となれば、本格的に購入を検討することができる。私はメニューを眺めた。値段の安いほうから購入可能性のあるものを見ていくと、寿司600円、650円、800円といったところか。また、ランチメニュー一律750円である。特にランチメニューはシャリと蕎麦が大盛り無料とある。これはもうランチメニューを選ぶしかない。私は、ネギトロ丼と蕎麦のランチメニューを選んだ。

 そして、地図で宅配寿司屋の場所を調べ、買いに行く。宅配は1000円以上からだし、何より持ち帰りならば10%OFFの値段になるのだ。750×9/10-500=170円(端数切り下げ)である。素晴らしい。
 寿司屋は幸い家の近くにあったし、天気も良く、また行く途中に便利な店(食品関係に強く、昨日のパーティーなどで有効に使えそうな店だった)や、パーティーバスとかいう謎のサービスを行っている妙に羽振りの良いマクドナルドを見つけ、なんだか楽しかった。この辺はあちこち見てまわればもっと色々なものを発見できそうだ。
 寿司屋で無事、ランチを170円で購入した私は、帰りにジャンプを買い、家へ。お味噌汁を作って(後から気付いたが、寿司にはインスタントのお吸い物が付いていた)、キングクリムゾンを流しながら、ジャンプを読みつつ、ランチを食べた。寿司も蕎麦も、冷める心配が無いから、ゆっくり食べれて良い。
 そういうわけで、今日の昼は170円ネギトロ丼蕎麦が食べれて、とても幸せだった。両隣の部屋の新聞受けに刺さっている同じ広告を、私が失敬したのはいうまでもない。店の人が忘れたくらいに、間隔を置いてまた利用するとしよう。

 その後、私が何をしたかというと、恥ずかしながら今日はゲームばかりしていた。今日はずっとエスプレイドをやっていて、いつもは「エスプは一日一回だけ」と決めていたのだが(シューティングはやりだすときりがない)、今日は初めてガラ婦人(ラスボス)まで行けたので、嬉しくて何度もやってしまった。
 それにしても、人間繰り返しやれば巧くなるものだ。初めてこのゲームに触った頃は、何年やったってこんなものクリアできるはずがないと思ったものだ。だが、今はこうしてラスボスまで辿り着くまでになった。あと、3ヶ月もあればおそらくクリアできるだろう。このゲームを始めて、およそ一年が経つが、長く遊んだものだ。

 夕食は味噌煮込みうどんカレーで食べた。そういえば、昨日のカレーは「粉っぽい」という意見が2つほどあった。今食べているカレーも確かに粉っぽいと言われれば、その通りだが、私は別に気にならない。しかし、気になる人がいるならば何とかしなければならないだろう。今後の課題としよう。

 というか、そんなことを危惧する前に仕事が無くて、金銭的に厳しい来月のことを考えた方がいいかもしれない。どうしよう。

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